相続を「争族」にしないために〜冷静な判断と誠実な交渉で円満解決を目指す

兵庫県神戸市「法律事務所絆」の田中勇輝弁護士(兵庫県弁護士会所属)に相続分野の取り組みについて話を聞きました。家事調停官としての経験やファイナンシャルプランナーの資格を活かして、依頼者の相続問題を解決している田中弁護士。亡き父から引き継いだ事務所の理念や相続問題を扱う上で心がけていることなどを聞きました。
インタビュー
依頼者との「絆」を大切に社会正義の実現に努める
事務所設立の経緯を教えてください。
「法律事務所絆」は、私の父が2013年に設立した事務所です。父は10名以上の弁護士が在籍する法律事務所で長く活動していましたが、70歳という節目に「弁護士人生の締めくくりとして自分の事務所を持ちたい」と考え、独立を決意したそうです。
その後、私も合流することとなり、そこから9年間共に働いてきました。そして、2022年に父が他界した後は、私が父の意志を引き継ぎ、代表として事務所を運営しています。
事務所名の「絆」は、2013年に発生した東日本大震災がきっかけで名付けられました。当時、「絆」という言葉がメディアなどで多く使われ、この言葉に感銘を受けた父が、「依頼者との信頼関係を大切にしたい」という思いを込めて事務所名にしたのです。
事務所の理念を教えてください。
当事務所では、3つの理念を掲げています。
1つ目は「人と人とのつながりを大切にする」。2つ目は「プロとして質の高いリーガルサービスを目指す」。そして3つ目が「弁護士法1条に則り、社会正義の実現に努める」です。特に3つ目の理念は、生前の父が重視していたものであり、私も大切な価値観として継承しています。
私自身の弁護士としてのポリシーは、報酬の多寡に関係なく、すべての案件に最大限の力を注ぎ、最大の成果を実現するということです。
ただし、ここで言う「最大の成果」とは、必ずしも依頼者の金銭的な利益だけの最大化や、相手方の完全な敗北を意味するものではありません。むしろ私は、依頼者にとっての最善の結果とは、多くの場合において円満な解決にあると考えています。
争いを激化させるのではなく、双方が納得できる解決策を見出すことが私の信念であり、日々の業務における指針となっています。
相続分野に注力しているのはどのような理由ですか。
父の代から家事事件を多く扱っていました。その流れもあり、私自身も家事事件には関わってきましたが、大きな転機となったのは2018年から2022年まで神戸家庭裁判所の家事調停官(非常勤裁判官)を務めたことです。
調停は、調停委員と裁判官とで構成する調停委員会によって進められますが、その裁判官役を非常勤の弁護士が行うというものです。この家事調停官を4年間務めることにより、数多くの家事事件に接し、複雑な事件も数多く経験することができました。
調停官としての経験は、私の弁護士人生においてもっとも価値ある財産だと考えています。多くの相続案件に中立的な立場から関わることで、調停がどのように成立していくのか、その全体像を内側から理解することができました。
通常、弁護士は依頼者の代理人として一方の立場から事件を見ますが、調停官として双方の言い分を公平に聴き、解決に導く経験は、弁護士としての視野を大きく広げてくれました。この貴重な経験を活かし、より深い理解と広い視点から相続問題に取り組んでいます。
対立を深めるのではなく、協力することで円満解決を目指す
どのような相談が寄せられますか。
様々な相談が寄せられますが、その中でも特に多いのは、遺産分割や遺留分の請求に関するものです。すでに家族間でのすれ違いや対立が生じているケースが多く、「相手と話ができない」「どう解決すればよいかわからない」という相談があります。
紛争性のある問題にはどのような方針で取り組んでいるのですか。
家事調停官を経験する前は、依頼者の意見を通すことに必死で、相手方や裁判所を敵のように感じて主張していました。しかし、調停官の経験を通じて「調停委員も、申立人の弁護士も相手方の弁護士も、協力して紛争を解決するチームなのだ」と考えるようになりました。
遺産分割などの交渉や調停では、まずは、依頼者の主張は最大限尊重し、法的な構成に落とし込み、伝えるべきことはしっかりと伝えます。ただ、最終的な解決を考えると、一定の段階では、ある程度の譲歩も必要だと考えています。
また、相手を必要以上に攻撃することは適切ではないと思っています。依頼者の言い分がどれほど正当であっても、穏便な解決が可能であれば、感情的な対立を深めるよりも冷静な話し合いを優先します。場合によっては、依頼者にも納得していただけるよう説明し、主張の取捨選択を行うこともあります。
このような方針については、可能な限り受任前に丁寧に説明するようにしています。弁護士と依頼者の考え方にズレがあれば、後々のトラブルにつながりかねませんし、何より依頼者自身が納得できる解決には至りません。ですから、事前のコミュニケーションを大切にしています。
依頼者とのコミュニケーションではどのようなことを意識していますか。
しっかりと話を聞くことを大切にしています。相続問題を抱える依頼者は、多くの場合、感情的な負担を抱えています。そのため、話を聞いて依頼者の気持ちを受け止めることを心がけています。
ただし、依頼者の感情をそのまま相手にぶつけてしまうのは、問題解決にとって最善の方法とはいえません。感情を受け止めた上で、適切な主張に落とし込むことが大切です。
そのためには、依頼者の理解を得る必要があります。感情と法律のバランスを取りながら最善の解決策を見出し、丁寧に説明することで理解してもらい、依頼者自身が納得のいく解決を目指すことを心がけています。
相続分野における3つの強み
相続分野における事務所の強みや特徴を教えてください。
大きく分けて3つあります。
1つ目は家事調停官としての経験です。裁判所では日々多くの案件を取り扱います。また、裁判所で扱う案件は、交渉だけでは解決できない複雑なものが中心です。その中には、弁護士としての私なら受任を躊躇したと思われる複雑な案件もありました。
調停官の職務を通じて、裁判所の考え方や調停の流れを理解したというだけでなく、多様な案件に携わった経験から、多くの事件の見通しを立てやすくなり、それが、依頼者の様々な状況に対応できる力になっていると感じています。
2つ目は、ファイナンシャルプランナーの資格を持っていることです。相続税対策や事業承継など、法律面だけでなく財務的な側面からも依頼者をサポートできる点が強みです。
3つ目は、幅広い専門家とのネットワークを持っていることです。税理士や司法書士、不動産業などの専門家と密な連携が取れていますので、相続に関する様々な手続きをワンストップで対応することが可能です。
これまでの活動で印象に残っている案件はありますか。
特に印象に残っているのは、兄弟間の遺産分割協議です。
被相続人には配偶者や子どもがなく、相続人は複数人の兄弟姉妹でした。依頼者はその中の1人で、相続財産が億を超える額であったことから、「兄弟同士で話すと揉めるから、間に入ってほしい」という理由で相談に来られました。
ところが、いざ私が代理人として交渉を始めると、他の相続人も予想外にスムーズに話を聞いてくれて、早期に解決することができました。相続人の中の誰か1人でも反対していたら、調停を申し立てることになっていたかもしれませんが、1人1人としっかり話をして遺産分割案を提示したところ、交渉だけで解決できたのです。
この件で私が心がけたのは、一方当事者の代理人でありながらも、適正に財産を配分したいという考えを誠実に示すことでした。その思いが相手方にも伝わり、信頼関係を築くことができたのだと思います。
すべての事案が円満に解決できるわけではありませんが、私は相手方に対しても、相手方の代理人に対しても、誠実に対応し、欺くようなことはしたくないと考えています。「この弁護士ならきちんと対応してくれる」と相手方からも信頼される弁護士でありたいという思いが実現できた案件でした。
最後に、相続問題で悩みを抱えている方へメッセージをお願いします。
争う相続、いわゆる「争族」にしないためにも、弁護士を間に立ててスムーズに解決することをお勧めします。
相続が発生した後、少しでも揉めそうな気配があったり、すでに対立が生じている場合は、弁護士に相談することをためらわず、早めに依頼することが大切です。その方が、結果として解決までの時間を短縮し、余計なストレスを減らすことにつながります。
相手に対して「自分だけが介護をしていた」「誰かがお金を使い込んでいるはずだ」といった不満を抱えることがあるかもしれません。しかし、そうした感情をそのままぶつけるのではなく、法律の枠組みの中で、自分にとって最善の解決策を考えていくことが大切です。
相続は、財産の問題だけでなく、家族の関係や感情が絡み合う難しい問題です。亡くなった方への悲しみに加え、相続の紛争が続くことは、日々の生活にも大きな負担となります。だからこそ、その精神的・時間的負担を軽減し、早く問題を終わらせるためにも、弁護士に相談することをお勧めします。